この度、関西創価学園卒業生「継之助」と創価大学卒業生「伊達半蔵」が、歴史学者アーノルド・J・トインビー博士と関西創価学園・創価大学創立者である池田大作SGI会長との畢生の対話編『
21世紀への対話(英題:Choose life)』を全身全霊で読み直す機会を持つことにした。
今、まさに世界はカオス(混沌)の真っ只中に投げ込まれている。ほど近い昔に人類は「自然権」を創出し、認識し、法の根拠としても「個々の人間の尊厳」を高らかに謳い上げた。だが、その「個々の尊厳」という理念は途方も無い大量消費社会、各国家による国益重視政策、幾重にも絡み合う社会システムの不合理性、そしてそれらに依拠した人的ネットワークの巨像を前に立ち往生せざるを得ない状況に追い込まれているのではないだろうか。ここに至って個々の人間が持つとされる尊厳や本質的可能性というものは「それ自体」不合理なイデアではないのかという「冷えた憶測」が頭をもたげてくる。我々は個としての人間の善性を比較的容易に信ずる状況を手にしている反面、集団と化した人類が未来への生存のために漸進を重ねているかどうかを様々な状況証拠から疑わずにはいられない。一方で個といい、集といっても、人間そのものが変容しているとはおよそ思えない。
なるほど、確かに地球規模の集合にせよ、最小単位での集団にせよ、そこに「人間が介在していない」ということはありえない。ならば一度全ての問題を「人間とは何か」という観点から引き直してみることに端倪すべからざる価値はあるのではないか。観念に埋没しがちな「人間とは何か」というテーマを我々人類が御座成りにし続けてきたことが現今のカオスを呼び出したのではあるまいか。この問題意識を立脚点として継之助と伊達半蔵はこれまでも意見を交換してきたのである。
現代的諸問題群の解決方途を探る知恵の源泉として、本書『
21世紀への対話』は絶好の題材をちりばめている。今から30年以上前の対談だが、人間をありのままに直視しようとしたスタンスは現代においても全く色褪せてはいない。日進月歩する科学技術の進展とは裏腹に人間生命の本質に変化の様相は見られない。21世紀となった現代に生きる我々は当時語られた本書の内容が優れて予見の書であったことを確認することができる。と同時に、我々は本書で鳴らされた人類未来への警鐘を現代的課題に照らし合わせて新たな知恵や具体的方策を引き出すことができる蓋然性を感じ、また信ずる者である。
こうして本書の検討をブログに書き記すことに決めたのも、WWW(World Wide Web)が高度に発達し、自由に使役できる立場にある状況を「現代的可能性の一つ」と捉え、最大限に利用しようとする試みである。これは発信者である我々の課題整理に益するのみならず、第三者たる閲覧者の存在も見逃せない要素となるはずだ。閲覧者には賛同者も非賛同者もあるに違いない。だが、我々はそこに寄せられるであろう「集合知」には率直に期待を持っているということを表明したい。そして我々は閲覧者にとっても価値ある場を創出しようとする努力を怠らないことを誓うものだ。それが本対談を「未来の人類のため」という志向で、あらゆる困難を排除し完結されたトインビー博士と創立者への報恩の一部であると考えたい。元より浅学非才の身ではあるが、両名が後世の人間に期待をかけられたことを現代に生きる者として受け止めねばならぬと思っている。また、本書から具体的知恵を見出し、実行に移せるような生涯であればこれほどの喜びはないと宣言したい。
なお、本書の検討方法としては以下のような手法を採った。これは基本方針であるが随時改良を加えていくものとしている。なお、関係者による著作権に関する指摘があった場合は速やかに善処を講じるものとする。
・予習(事前に該当箇所を読み込む作業)をして課題を頭に入れる。
・対談者の発言通りに継之助と伊達半蔵が相互に読み合う。
・テーマはパラグラフ単位で区切り、対談内容を踏まえて語り合う。
・現代的課題との照合を図り、問題抽出・課題解決の方向を探る。
・仏教徒(創価学会員)としての立場からも考察する。
・人生を歩む上での(観念でない)目標の確定を意識する。
・意見を出し合った後で、再度、同箇所を読み合い、まとめをする。
・課題整理のためにノート等をとりながら、ブログにも記述する。
・ブログでは本書のチャプター(章)に準じる形で「カテゴリー」を作成する。
・ブログは双方が管理するものとし、自由に意見を交換する。
・閲覧者からのコメントには積極的かつ柔軟に応じていく。
・その他
以上、簡便に「はじめに」と題してこのブログはスタートするが、本書の主旨を図らずも損失させることのない最大限の注意を払いながら進んでいく決意である。閲覧者諸氏におかれては、自由闊達にこの場を利用して頂く事を期待し共々に価値あらんことを欲したい。
結びに、本対談を読み進める上で幾度となく奥深い知識及び知恵の光を垣間見ることがあった。それは読み返す度に新鮮であり、また衝撃でさえあった。両名の確かな課題着眼点と比類なき人間への洞察力、そして人類へ向ける親愛・慈悲の眼差しに心からの畏敬の念を表さずにはいられないことを確かにここに記す。
2007年8月14日
-伊達半蔵-